新古今の景色(117)院政期(92)小侍従の遁世(2)恋歌

前回述べた『平家物語 巻第五 月見』が伝える「待宵の小侍従」の名が決定的になった頃の小侍従は二条院に出仕した40歳前後の出来事と考えられるが、それにしても、二条帝后太宮の御前(おまへ)の『待つ宵と帰る朝(あした)とは、いずれか あはれは まされるぞ』、との問いに、

 

       待つ宵の 更けゆく鐘のこゑきけば あかぬ別れの鳥は物かは

  【恋人を待ちわびる宵の、空しく更けゆく鐘の音を聞くときの切なさに較べれば、

   名残惜しい朝の別れに聞く鳥の声など物の数ではありません】

 

と、情感深く即答で詠い返した事は、小侍従自身が相当な恋の体験を経ていなければ出来る事ではない。そこで、小侍従の勅撰集初出の『千載和歌集』入集歌から彼女の恋を偲んでみたい。

 

            『千載和歌集』 巻第八 羈旅歌 

528 草枕 おなじ旅寝の袖に又 よはのしぐれも宿は借りけり

    【私は宿を借りて旅寝をしているが、同じ私の旅寝の袖に夜半の時雨も

     また宿を借りることだなあ、旅の袖は涙にぬれているよ】

 

            『千載和歌集』 巻第十三 恋歌三

        夢ノ中ニ契ル恋といへる心をよめる 太皇大皇宮小侍従

835 見し夢の 覚めぬやがてのうつつにて けふと頼めし暮れを待たばや

    【見た夢がこのまま覚めない現実となって、今日逢おうとあてにさせた

                  日暮れを待ちたいものだなあ】 

 

                          『千載和歌集』 巻第十四 恋歌四

                      恋の歌とてよめる        太皇大皇宮小侍従

892 恋ひそめし 心の色の何なれば 思ひ返(かへ)すにかへらざるらん

    【恋しはじめた心のいろは、一体どういうわけで、思い返そうとしても

     元にもどらないのだろうか】

 

            『千載和歌集』 巻第十五 恋歌五

924 君が恋ふとうきぬる魂(たま)のさ夜ふけて いかなる褄にむすばれぬらん

    【あなたを恋い慕う心の闇を歎き歎きしながら、それがこの世だけと思える

     のならば良いが、未来永劫の闇に迷いそうです】

 

(※)小侍従:生没年未詳。石清水八幡宮別当紀光清の娘、母は歌人小大進。建仁元年(1201)に80余歳で生存か。大納言藤原伊実に嫁し(正室ではない)、夫の死後二条帝に仕え、その崩御後は太宮(大皇太后多子)、高倉天皇に仕えた後に治承3年(1179)に59歳で突然出家。「待宵小侍従」と称される。家集『小侍従集』を著す。『千載和歌集』初出、『新古今和歌集』7首入集。

 

参考文献:『新日本古典文学大系10 千載和歌集』 

               片野達郎 松野陽一 校注 岩波書店刊行