新古今の景色(59)院政期(34)歌林苑(24)登蓮(1)鴨長明の視点

歌林苑会衆の登連法師の「ますほのすすき」の逸話は鴨長明の『無名抄』、兼好法師の『徒然草』などに引用され、「我こそは数寄者」と自認する人たちの関心を集めていたようだ。先ずは、『無名抄』から鴨長明の視点を窺うことにした。

 

「無名抄 16 ますほのすすき」

 

【雨の降る日に、ある人のところに気心の知れたもの同士が集まって、古い事などを語っているうちに、『ますほのすすきというのは、どんなすすきなのだろう』という話になり、ひとりの老人がおぼつかない様子で『渡辺((※1)というところに、これに詳しい聖がいると聞いたが』と切り出した。

 

一座に加わっていた登蓮法師(※2)はこれを耳にして急に言葉少なになって考え込んでいたが、いきなり邸の主人に『蓑と笠を暫くお借りしたい』と申し出たので、主人が訝りながらも蓑と笠を取り出すと、登蓮法師は座を立って蓑を纏い藁沓(わらぐつ)を履いて今にも出かけそうな様子なので、皆が怪訝に思ってどういう事かと聞くと、『これから渡辺へ向かいます。このところずっと疑問に思っていた事を明らかに出来る人がいると聞いたうえは、どうしても会って直に尋ねたい』と云う。

 

一座の人は呆気にとられながら『それにしても、雨が止んでからでもよいのでは』と引き留めにかかったが、登蓮法師は『なんと愚かな事を言われるものか。自分の命も他人の命も、雨が晴れるまで待つ、などということはありません。ともかく今は静かにお待ちください』と言い置いて雨の中を出かけて行った。並外れた数寄者(※3)である。

 

さて、思い通りに尋ねた聖に会えて年来の疑問を明らかにした登蓮法師はこの事を大切に秘蔵して滅多に人に云う事はなかった。

 

このことを、登蓮法師が渡辺の聖の一代目の弟子と数えて、私は三代目の弟子として伝え聴いて知っています。この「すすき」、実はは同じようにみえて数多あります。ますほのすすき、まそをのすすき、まそうのすすきといって、三種(みくさ)あります。

 

ますほのすすきというのは、穂が長くて一尺ほどあるものをいい、かの、ます鏡(※4)のことを万葉集では十寸の鏡(※5)と書いていることを知っておくべきです。

 

まそをのすすきというのは、真麻(※6)の材料のことです。これは源俊頼朝臣の歌(※7)にも詠われています。「まそをの糸を繰りかけて」とあるようですが。糸などが乱れたような様子をしたすすきのことです。

 

まそうのすすきとは「まことに蘇芳(※8)の色である」という意味で、真蘇芳(ますおう)のすすきというべきところの言葉を略したものです。色の濃いすすきの名前です。

 

これは古い歌集などに確かにみられるという事ではないが、和歌のしきたりとしてこうした古い言葉を用いるのはよくあることです。

 

これらのことは、多くの人に知られているわけではないが、みだりに伝えることでもないのです】

 

この文章から推し量るに、みだりに人に伝えるべきではないとされる「ますほのすすき」について、長明が渡辺の聖の登蓮法師から数えて三代目の弟子として伝授されたこと、また、当時は和歌において「秘伝」として伝授する仕組みが存在していた事がわかる。

 

さて、この「ますほのすすき」に関する秘伝を登蓮法師から伝えられて長明に授けたのは誰であろうか。私の推測では、登蓮法師が俊恵の主唱する歌林苑会衆であった事から、渡辺の聖の二代目の弟子として伝え聞いた俊恵が若き愛弟子の長明に伝えたものと思われる。

 

また、ますほのすすきについての疑問を明らかにするために雨にも拘わらず渡辺の聖の元に走った登蓮法師の振舞を、自らを数寄者と任じる長明は「数寄者はこうでなくては」と称賛しつつ、自らを渡辺の聖の三代目の弟子として秘伝を伝授してくれた師・俊恵への深い敬愛の念も窺える。

 

(※1)渡辺(わたのべ):「渡辺」または「渡部」と書く。摂津の国西成郡にあっ

    た地名で難波江の渡り口の地。

(※2)登蓮法師:生没年未詳。治承2年(1178)頃には生存、出自未詳。歌林苑

    会衆。家集『登蓮法師集』。『詞花集』以下の勅撰集に19首入集。『千載和

    歌集』4首、『新古今和歌集』1首入集。

(※3)数寄者(すきもの):風雅な人。この場合は和歌を好む人。

(※4)ます鏡:真澄の鏡の略で少しの曇りもなく澄んでいる鏡のこと。

(※5)十寸の鏡:現存伝本の万葉集には見られない。

(※6)真麻:イラクサ科の多年草の苧(からむし)。茎の繊維は織物の材料になる。

(※7)源俊頼朝臣の歌:堀川百首の「薄」の題で源俊頼が「花すすき まそほの糸を

    繰りかけて 絶えずも人をまねきつるかな」。 

(※8)蘇芳(すおう):紫がかった濃い紅色。

 

参考文献: 『無名抄 現代語訳付き』久保田淳 訳注 角川文庫