新古今の景色(110)院政期(85)寂蓮の遁世(23)『撰歌合』(3)結題の名手

月をテーマとした「結題(むすびだい)」十題五十番で競われた『撰歌合』で、寂連の詠歌は「月多秋友」「月前松風」「河月似氷」の3題が撰歌され、慈円、保季、通具に対して勝3の成績であった。

 

その中から慈円と対して勝ちとなった「月多秋友」の歌を採り上げたい。

 

         二番   左勝     寂連

      高砂の松もむかしに成りぬべし 猶ゆく末は秋の夜の月

    (高砂の尾上の松も長寿であるといっても、寿命が尽きて昔のものと

     なってしまうであろう。やはり我が君の将来にわたっての友は秋の

     夜の 月であることよ)

 

         二番   右      前権僧正慈円

     君が代のかげにかくれぬ秋なれば 月にちとせを契らましやま

    (我が君の御代の光に隠れることのない秋の季節であるので、月に御

     代の長久であることを約束したであろうに)

 

         判詞           俊成

     右方(慈円)も予め左方(寂連)の歌が良い理由を申していた。判者(俊

     成)も同様であり左方の勝ちとする。

 

ところで寂連のこの歌は(『古今和歌集』(巻十七・雑上・九〇九番)、(『百人一首』(三四番)に入集している次の1首から本歌取りしている。

 

        (題しらず)      藤原おきかぜ(※1) 

    誰をかもしる人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに

    (いったい誰を友にしたら良いのであろうか。あの高砂の年老いた松

    も昔からの友人ではないのだからなあ)

 

ここでの「高砂」は播磨国(現在の兵庫県高砂市)の歌枕。松を詠むことが多く寂連も慈円も、松の寿命の長さを、歌合の主催者である後鳥羽院の長寿を言祝ぐ歌として詠んでいる。

 

注目すべきは、この『撰歌合』での「月多秋友」は『新古今和歌集』(巻七・賀・七四〇番)に、「月前松風」も『新古今和歌集』(巻四・秋上・三九六番)に、さらに「河月似氷」も『新続古今和歌集』(巻四・秋上・四七九番)に入集した事である。

 

ところで、後鳥羽院は『御口伝』で寂蓮を「結題」の名手として次のように賞賛している。(http://d.hatena.ne.jp/K-sako/20170401

 

「一、 時に難(かた)き題を詠じならふべき也。近代あまりに境(さかひ)に入りすぎて、結題(むすびだい)の哥も題の心いとなけれども苦しからずとて、細やかに沙汰すれば、季経(※2)が一具(※3)にいひなして平懐する(※4)事、頗(すこぶる)いはれなし。

 

寂蓮は大きに不受せし事也。『無題の哥と結題の歌とたゞ同じようなり、栓なし』と申しき。尤も其の理ある事也。寂蓮は殊に結題をよく詠みしなり。定家は題の沙汰いたくせぬ者なり。これによりて、近代初心の者も皆かくのごとくなれり。

 

結題をばよくよく思ひ入れて題の中を詠ずればこそ興もある事にてあれ、近代の様は念なき事也。必ず必ず詠みならふべき事也』

 

やや難解な文章だが、これは、後鳥羽院が『後鳥羽院御口伝』で結題を詠むことの重要性と、結題の名手としての寂蓮を讃えた部分である。

 

さて、後鳥羽院がことさら重視した 結題(むすびだい)とは何か、と、いえば、「池水半氷」のように一つの完結した文をなしている歌題を指し、具体的なイメージを喚起するために『寂蓮法師集』から次の3首を挙げてみた。

 

       〈蝉聲夏深〉

    秋風もかよふはかりの梢より 松をはらふや 蝉のもろこゑ

 

       〈蛍火秋近〉

    いまはたゝ一夜計や夏むしの もえ行末は秋かせの空

 

      鳥羽院にて五月十五日

       〈暁聞郭公〉

    ほとゝきす有明の月の入方に 山のは出る夜半の一こゑ

 

まさに、この『撰歌合』こそは、「結題」の第一人者寂蓮の面目を施す機会であった。

 

(※1)藤原おきかぜ:藤原興風。生没年不明。36歌仙の一人日本最古の歌論書の著者藤原浜成の曾孫。『古今和歌集』撰者時代の有力歌人。管弦にも優れ琴の名手でもあった。

 

(※2)季経:藤原季経。六条藤家、顕輔の子、清輔・顕昭らの弟。建仁元年出家、承久3年没91才で没。家集あり、『千載和歌集』初出。

 

(※3)一具:一揃い。題の心を具備した歌とそうでない歌をとを同列に評しての意味か。

 

(※4)平懐する:平懐は平凡な詩想。で、平懐な歌を詠むの意か。

 

参考文献:『日本の作家100人~人と文学 寂蓮』 半田公平 勉誠出版

     『群書類従』 東京 続群書類従完成會

     『新潮日本古典集成 新古今和歌集下』 久保田淳 校注 新潮社