『千載和歌集』 巻第十九 釈教歌
三十三所観音拝(をが)みたてまつらんとて所々にまいり侍りける時、
美濃の谷汲(たにくみ)にて油の出づるを見てよみ侍りける
1211 世を照らす仏のしるしありければ まだともし火も消えぬなりけり
【世を照らすみ仏の霊験があったので、いまでも灯火は消えずに
輝いているのだなあ】
この歌は、前大僧正覚忠が応保元年(1161)に熊野那智から御室戸まで観音霊場三十三所を巡礼した時、美濃の谷汲にある天台宗の華厳寺(※1)で詠んだもので、850年を経た今日まで受け継がれている「西国巡礼(西国三十三所の観音巡礼)」の事始めとされている。
ところで、俊恵が白川の僧坊に開いた歌林苑には、源頼政・賀茂重保・鴨長明・二条院讃岐・殷富門院大輔などが集ったが、会の中心は「中流貴族・武士・神官・遁世者など、上流サロンに列する機会が比較的乏しい人が多く、女流歌人も含めて年配者が圧倒的で、どちらかというと在野的で時流から外れがちな層の人が参加することが多かった」とされるなかで、前大僧正という当時の大納言に準ずる最高の僧階に登り詰めた覚忠が歌林苑の会衆であったとことは、なかなか興味深いものがある。
華厳寺(※1):けごんじ。岐阜県揖斐(いび)郡谷汲にある天台宗の寺。山号は谷汲山。延暦17年(798)豊然開基。西国巡礼第33番目の札所。
片野達郎、松野陽一 校注 岩波書店刊行